グリーンの藻・コケ対策
2010年度秋季大会ゴルフ場部会から
熊倉興和・椎木建
日本芝草学会ゴルフ場部会
Algae and Moss on the Putting Green.
From the 2011 Autumn Sectional Meeting of "Golf Course".
Kumakura Okikazu , Shiinoki Tateru
【コケ(特にギンゴケ)の化学的防除について】
熊倉 興和
コケの対策について8年前から青森、宮城、山梨、滋賀での業務の中で取り組んで得た内容について紹介する。
最近、ギンコケの発生が問題になってきた。これはC類薬剤などの使用規制やニューベントグラス導入による低刈、頻繁な更新作業、パソコン制御による定期的散水などの繰り返しが、下等植物の増殖を促す環境を作り出している。
グリーンにギンコケが発生したら、とりあえず何らかの処置(薬剤)を撒いて、侵入を阻止しなければならない。次に、グリーンキーパーは一刻も早い芝生の再生に取り組み、如何に早くクォリティを元に戻すかである。それには、コケの増えた原因、適用登録薬剤の性質、防除の適期、化学的な防除効果を安定させる散布前散布後の養生が大切ポイントとなってくる。
1. ギンゴケの特徴
ギンゴケは氷点下-20℃を観測する高冷地から暖地まで幅広く分布し、表土が乾燥しても生きている。また、種子ではなく胞子で増え、導管を持たない光合成植物で、グリーンでは光を反射し白っぽく見える。一層目の茎葉体は少ない水分を効率的に吸収し、二層目にピートモス状の生育床(水分保持マット層)を形成し保水しているので耐乾燥性を有している。
反面、ギンゴケは病気に弱い。滋賀県内のグリーンに発生したギンゴケが病気に侵されて渇変、枯死してしまう様子を見せてもらったことがある。発病の原因は今までギンゴケをやっつける菌が殺菌剤によって殺されギンゴケが逆に増殖していたが、農薬の規制や経費の削減から殺菌剤の使用が減り、病害に弱いギンゴケが病気にかかって枯死してしまったと言うことである。
2. ギンゴケの繁殖
コケは有性繁殖で回り、無性芽で増殖するため、グリーンに発生したギンゴケは胞子で増えることは少なく、刈込や更新作業で機械的に伝播助長する。低刈や更新機械の刃で一層目の茎葉体が細かく刻まれ、無性芽が機械的に芝の上にバラ蒔かれ、適度な目砂や定期的な潅水で無性芽の発芽が促進される。(図-1)
図-1. ギンコケの体と芝生地での生活史
中でも芽数の少ない場所やボールマークや更新作業で傷つけられた裸地部分で発芽増殖が繰り返される。図-2はドライスポットで裸地化した場所にエアレーション→スライシング→エアレーションを繰り返し、ギンゴケが増殖する様子を見たものである。①は昨年秋のタイン跡、②はスライサーで傷つけた跡、③は今春のタイン跡、何れも無性芽が発芽増殖している様子が観察される。ボールマーク修理で傷ついた芝生をグリーンホークで抜いて修復した場所などは、芽数が少なく、ギンゴケの育苗床になりやすい。
図-2.更新作業とコケの繁殖
3. グリーンにギンゴケが繁殖した部分の地下茎
グリーンに発生したギンゴケを薬剤処理で防除し芽数が回復した区(処理区)と、ギンゴケの侵食でベントグラスの芽数が減少した区(無処理区)を抜き取り比較観察してみた。 導管の無いコケの中に混在する芝生の根が予想以上に勢い良く繁茂している様子が確認できる。(図-3)
図-3. 薬剤処理区と無処理区のベントグラスの芽と根
ギンゴケが侵食している無処理区の1平方センチ当りの芽数は5~7本、薬剤処理区の芽数は18~25本とギンゴケの侵食しているグリーンの芽数は圧倒的に少ないことがわかる。しかし、ベントグラスを無作為に10本ずつ抜き取り地下茎を調べてみると、ベントグラスの芽数が減少しコケに侵食されたかに思われた無処理区で、むしろコケによって発根が活性化していたことが分かった。これはコケによって匍匐茎の節間に適度な水分と空気がもたらされ発根しやすい環境を作っていたと推測できる。(図-4) この現象は、観葉植物の取り木や最近人気の苔玉を思い出してもらいたい。取り木はカッターで樹木の皮に切り込みを入れ、皮を剥いだ所に湿らせた水ゴケやピートモスを巻いて水分が抜けないようしっかり覆い、一定期間湿らせておくことで剥皮元口から白根が勢い良く発根する。と言うことは、コケが絡み、芽数が減少したベントグリーンは適切な防除処理を完了すれば分からないうちに、地上部の芽数は回復し元に戻ると言うことである。
図-4. 薬剤処理区と無処理区のベントグラスの地下茎
4. ギンゴケの防除
(1)登録薬剤
コケ類を対象として登録されている農薬はACN剤(キレダー水和剤)とピラフルフェンエチル水和剤(芝用エコパートFL)などがある。両剤は系統、防除効果、芝種に与える影響が異なるため、コケの発生状況に応じて体系処理することが可能である。
ACN剤はもともと水稲(移植水稲)の除草剤として開発され、浮草,藻類,苔類を対象に水中処理(土壌,茎葉処理)で効果を示す。作用機構は呼吸の電子伝達系の阻害剤となり、ATPの生成が止まることで葉緑体が破壊され除草作用を発揮する。
ピラフルフェンエチル水和剤はコケ類、一年生広葉雑草の発生初期からを対象に茎葉処理で効果を示す。作用機作はクロロフィル生合成阻害剤で活性酸素が葉緑体の膜に作用して膜にダメージを与えることにより光合成が阻害される。
(2)防除適期と化学的防除後の養生
1)ACN剤
ACN剤はコロニー形成(群落を形成)した有性芽に満遍なく薬剤が浸透することで高い効果を示す。処理後約1~2週間で症状が現れ1ヶ月程度で効果を発揮する。(図-5・図-6)
登録は冬期芝生育期と記載してあるが、コケに極大の故殺草効果を示しても芝生が回復しなければクォリティは落ちてしまう。理想的な処理適期はベントグラスが動き出す時期(ソメイヨシノ開花)1ヶ月前の、2月下旬から3月が適期と考える。(図-7) コロニー形成したギンゴケに薬効が現れ渇変、枯死する時期にベントグラスが動き出し、芽数が徐々に回復しながら切り替わると言うことである。(図-6)
散布方法であるが、芝生では、バケツの水をこぼしてみてもわかるように、水は浸透するより表面を流れてしまうが、コケ植物は根を持たず、体の表面全体で水分を吸収するので、芝生の表層が乾燥していると、仕様書通りの散布液量では水量不足となってしまう。ACN剤がコケの茎葉体から仮根まで満遍なく浸透するよう、処理前に軽い散水をして、薬剤散布後は芝葉面に付着した薬剤を洗い流し、散布液を浸す程度の十分な散水(水中処理)をすることで、防除効果を最大限に発揮することができ、薬害も無くベントグラスに切り替わる。(表-1)
表1. ACN剤の処理方法と効果
1. |
散布前、土壌を濡らす程度の散水 |
2. |
ACN剤2~3g/㎡ 希釈水量500~1000cc/㎡ |
3. |
処理後、葉面を洗い流し土壌処理層まで浸透させるよう十分な散水 |
4. |
処理後約1~2週間で効果 |
5. |
処理後約1か月でギンゴケ抑制枯死 |
※ギンコケが防除されることによって、ベントグラスが芽数を回復し、徐々にピートモス状のふわふわ感を解消する。
※藻の防除効果も顕著に認められる。
※高温時に薬害が認められる。
図-5.
ACN剤処理10日でコケ面が選択的に褐変(右=無処理、左=薬剤処理)
図-6.
ACN剤処理後約1ヶ月、ギンゴケからベントグラスに回復(右=無処理、左=薬剤処理)
2)ピラフルフェンエチル水和剤
ピラフルフェンエチル水和剤は、茎葉処理で無性芽に効果を示す。
即効的効果を示す本剤は処理後約3日で症状が現れ、7日程度で効果を発揮するため刈込や更新作業で発生する無性芽に期待できる。また、一年中使用可能であるが、ベント芝種の感受性を考えると適期は4月~7月と9月~11月である。
8月の高温期はベース芝が健全であれば問題はないが、一般的にベントグラスが鈍化している時期は避けた方が良い。また、低温期はコケの新陳代謝が鈍く効果が劣る。コロニー化(群落を形成)したコケには、薬効が落ちる前に処理を反復することで、徐々に抑制し効果を発揮する。また、健全なベントグラスには安全性も高く問題はないが、暖地型の芝生に薬害があるのでグリーン廻りのコウライ、ノシバにかからないよう、散布機、散布ノズルを選定しなければならない。コウライシバ、メヒシバ、広葉雑草の一部を抑制させベントグラスには影響を与えないと言うことになる。
図-7. ベントグラスの生育とコケの防除適期
このように、使用する剤の性質を知り、コケとベントグラスの生活環を考慮して、ひと工夫することで薬剤効果を高めることが出来る。(表-2)
表-2. 効果的な化学的防除手法
|
ACN剤 |
ピラフルフェンエチル水和剤 |
処理方法 |
土壌処理 |
茎葉処理 |
ノズル |
粒径の大きい |
粒径の小さい |
展着剤 |
無 |
シリコン系展着剤 |
散布前 |
軽い散水 |
軽い散水 |
散布後 |
十分な散水 |
無 |
【グリーンでの藻,コケ対策 現場からの声まとめ】
椎木建(広島中央ゴルフクラブ)
コースの圃場での試験結果と、中国5県のアンケートの一部をもとに、藻・苔対策について、取りまとめる。
1.発生させない,発生を最小限にする耕種的管理
① 藻に関して
広島で、発生する季節は3月~10月でピークは、6月~8月である。この時期には、高温で水分量が多くなり藻の生育条件にマッチしていると考えられる。
耕種的な対策として広島県のアンケート結果は、以下の通りである。
・芝密度の向上
・目砂の散布回数を増やす
・排水の改善
・リン酸分の施用注意(亜リン酸は問題ない様子)
この他に当コースでは、グリーンの表層を酸性サイドに保つ事により、藻の発生をプレーに支障のない許容範囲に抑えている。特に梅雨の時期には、ベントグラスの徒長を抑制するために硫酸カルシウム(石膏)を散布するので、この溶解度が低い為に、約1カ月程度はグリーン表層を酸性に保ち、藻の発生を抑制していると考える。
また、夏季においては、スパイカーシーダー等によるスパイキング(ベンティング)を2~3回程度実施し、表層ルートゾーンの水分を蒸発により減少させ、これらと相まって発生しにくい環境になっている。
② コケに関して
広島では、1年を通じて見られるが、特に3月~5月,10月が、生育期と見られ、一度発生すると自然に無くなる事は無い為に、1年を通して何らかの対策をする必要がある。
耕種的な対策として良い方法は無いようだが、広島県のアンケート結果、次のようなことが行なわれている。
・ 酸性の土改剤を使用する
・ 芝密度の向上
・ 銅剤の定期散布
・ 施肥は、なるべく粒剤を使用する
しかしコケに関しては、耕種的方法では良好な結果が出ていないのが、現状である。
2. 発生後の対策
藻とコケは、発生環境が大きく異なり、藻は排水性の良否に依存しているのに対して、コケはほとんど関係ない。
薬剤処理に関し、藻は比較的容易に防除可能であるが、コケは再発生の確率が高く、難防除とされている為に物理的に張り替え等を行っている所もある。
① 藻の薬剤防除
登録農薬の使用で問題は無いが、散布水量は、300ml∕㎡以下が効果的である。
注意事項として、高温時の散布は、薬害が出るので避ける。
② コケの薬剤防除
登録農薬の使用時期が、芝の生育旺盛な時期と少しずれる為に、繁茂したコケに対しては、グリーン面の凹凸が長期にわたり、プレーに支障が出る。
登録薬剤は、
◦エコパート(ピラフルフェンエチル剤):
0.2~0.4mℓ・100~200mℓ∕㎡ ⇒黒色枯死
◦キレダー(ACN剤)
2~4g・200~300mℓ∕㎡ ⇒赤黄色枯死
◦ダイヤメート(クロルフタリム剤)
0.2~0.6g・200~300mℓ∕㎡ ⇒黒色枯死
いずれも散布水量が少ないのが再発生の原因になっているように思われる。
3. コケの防除テスト
当コースでのテスト結果では、散布時の接触時の濃度は、高濃度が良く、その後早々に、散水してコケの内部まで薬剤を浸透させた方が、再発生が少ない。(図-8、図-9)
また、枯死後の状態について芝が、被覆するまでは美観的に問題がある。この場合に、着色といった方法も考えられるが、黒色に枯死した場合には、着色は困難であるが、オレンジに枯死すれば着色も可能で、キレダーと着色剤の組み合わせで実施されているコースもある。これについてもテストしてみると同時散布では、コケは再生してくる。 したがって、枯死後の着色が、支障無く良好である。
何れも再発生防止対策が重要で、2回処理又は、銅剤,鉄剤,銀含有資剤等の定期散布が、比較的良好な結果が出ている。
図-8. 現場試験での処理直後の状態
上段・左=ダイヤメート水和剤 0.4g/200mℓ/㎡
上段・右=ダイヤメート水和剤 0.4g/1ℓ/㎡
中段・左=キレダー水和剤 8g/200mℓ/㎡
中段・右=キレダー水和剤 8g/1ℓ/㎡
下段・左=キレダー水和剤 3g/200mℓ/㎡
下段・右=キレダー水和剤 3g/1ℓ/㎡
図-9. 現場試験での処理1ヵ月後の状態。 上から順に;
ダイヤメート水和剤 0.4g/200mℓ/㎡
ダイヤメート水和剤 0.4g/1ℓ/㎡
キレダー水和剤 8g/200mℓ/㎡
キレダー水和剤 8g/1ℓ/㎡
キレダー水和剤 3g/200mℓ/㎡
キレダー水和剤 3g/1ℓ/㎡
3.管理作業によるコケの増加
コアー抜きの更新作業において、スイーパーで完全に回収できないコケの一部が穴に入り、再生する可能性がある事を意識すべきで、更新作業後の薬剤散布は不可欠と考えられる。
参考文献
1)熊倉興和:ソフトサイエンス社